元フィギュアスケート選手として活躍し、現在はタレントやオリンピック委員会理事としても多方面で活躍されている高橋成美さん。
そんな高橋成美さんですが、なんと7ヶ国語を話せるマルチリンガルとしても知られています。
日本語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、韓国語、スペイン語と、これだけの言語を操れるなんて驚きですよね。
一体どのようにしてこれほど多くの言語を習得されたのでしょうか。
そこで今回は、
- 高橋成美さんが7ヶ国語話せるようになった経緯
- 北京9年間とある勉強法の秘密
について詳しく見ていきましょう。
高橋成美7ヶ国語話せるようになった経緯は?
7ヶ国語を操るマルチリンガルとして知られる高橋成美さん。
そんな高橋成美さんですが、どのようにして7ヶ国語も話せるようになったのでしょうか。
高橋成美さんが7ヶ国語話せるようになった経緯は、幼少期からの海外生活と、フィギュアスケート選手としての国際的な活動が大きく影響していました。
外国語別に説明すると
中国語
お父様の仕事の都合で9歳から18歳までの約9年間、北京で過ごされたことが大きなきっかけでした。
現地の公立小学校や中学校に通い、周囲に日本人がいない環境で「生きるために」中国語を身につけたそうです。
最初に覚えた言葉は「一緒に遊ぼう」だったといいます。
英語
北京滞在中にインターナショナルスクールに通ったことで本格的に学習が始まりました。
北京から帰国後にインターナショナルスクールにも通って勉強した。
出典:4Years.
さらに18歳からはカナダのモントリオールを拠点に活動し、ペアのパートナーであるマービン・トラン氏やコーチとのコミュニケーションを通じて習得されました。
フランス語
カナダのケベック州がフランス語圏であることから、日常生活の中で自然と身についたそうです。
聞き取りはほぼ完璧にできるレベルだといいます。
ロシア語
慶應義塾大学在学中に専攻されました。
フィギュアスケートの強豪国であるロシアのコーチや選手と交流したいという情熱から学ばれたそうです。
韓国語
韓国ドラマにハマったことがきっかけで自学されました。
好きなものから入ることで、楽しみながら習得されたといいます。
スペイン語
遠征先や友人との交流の中で語彙を増やしていかれたとのことです。
このように高橋成美さんの語学力は、海外生活やフィギュアスケートという国際的な活動、そして好奇心と学習意欲が組み合わさって培われたものでした。
北京9年間とある勉強法が鍵だった!

多言語を操る高橋成美さん。
そんな高橋成美さんですが、北京での9年間とある勉強法が語学習得の鍵になっていたのでしょうか。
北京での9年間の生活と「シャドーイング」という勉強法が、高橋成美さんの語学習得の大きな鍵となっていました。
北京での9年間は、高橋成美さんの語学力の土台を作る重要な時期でした。
9歳から18歳という多感な時期を、日本人がほとんどいない環境で過ごされたことで、中国語を「生きるため」に必死で身につけられたそうです。
この経験が、後に他の言語を学ぶ際の基礎となりました。
そして高橋成美さんが最も重視している勉強法が「シャドーイング」です。
シャドーイングとは、聞こえてきた音をそのまま真似る学習方法のことです。
高橋成美さんは、意味が完璧にわからなくても、歌を歌うような感覚でリズムや発音をコピーすることを大切にされているそうです。
この方法により「話せている」という高揚感を持ちながら継続できたといいます。
また、言語を「手段」として捉えることも重要なポイントでした。
「勉強」として机に向かうのではなく、友達と話したい、スケートの指導を受けたいといった「必要性」がある環境に身を置くことが、最速の習得法だと語られています。
さらに高橋成美さんは、慶應義塾大学を10年かけて卒業された経験から、「どんなに時間がかかっても、諦めずに続けること」が語学習得の極意だと述べられています。
実際の生活環境で使いながら学ぶこと、失敗を恐れずに積極的にコミュニケーションすること、そして継続することが、高橋成美さんの語学習得の秘訣だったのですね。
まとめ
高橋成美さんが7ヶ国語話せるようになった経緯は、9歳から18歳までの北京での9年間の生活と、フィギュアスケート選手としての国際的な活動が大きく影響していました。
北京9年間とある勉強法の鍵は、現地での生活を通じた実践的な語学習得と、「シャドーイング」という音を真似る学習法でした。
言語を「手段」として捉え、必要性のある環境に身を置くこと、そして諦めずに継続することが、高橋成美さんの語学習得の秘訣だったのですね。
これからも高橋成美さんのご活躍を応援していきましょう。
それではありがとうございました。

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